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これは房一が河原町に帰つて以来、はじめて感じたものだつた。すでに、路上から徳次の姿を見つけたとき、房一はこの男をすつかり忘れていたのを後悔していた。
と云ったそうだ。
病人は眼を開けて、しばらくこの息子とはちがふ医者を眺めた。軽い不審と失望の色が浮かんだやうに見えたが、すぐに閉ぢて、かすかにうなづいた。
と、加藤巡査は無意識に汗の滲み出た額のあたりを指でこすりながら、心配さうに大小の焚火を見やつた。彼の声はしはがれていた。
練吉は一人で感心し、それでも足りないと見えて、房一に呼びかけた。
「先づそのうちには、町内の様子もいろいろお解りになることでせう。これでなかなか面倒なこともありましてな」
房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。
徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。
「昨日、君とこの奥さんがバスに乗るところを見かけたが、――」
読経どきやうはまだ始まらなかつた。
「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
房一の態度が穏かだつたので、相手はいくらか落ちついた。